作者: 奥田孝弘

住民の安全安心を守る意気込みを、腕用ポンプにみる!



 三次市消防署に旧世羅郡広定村小童(現三次市甲奴町小童)にあった、大正八年三月新調の腕用ポンプが展示してあります。



このポンプが使われていた頃のことが、小童村誌に詳しく説明してあります。


 

 小童村誌 三章三節 消防団

小童の消防団は、一九一九(大正八)年に私設消防団として設立されている。初代団長は故佐藤類三郎氏、副団長に故安永謙一氏を選んだ。郷部落を第一分団、中組の頼藤と塩貝を第二分団、春日井を第三分団として発足した。
 各分団に分団長、副分団長を置き、その下に小頭を置いて組織された。そして役場の補助を受け、台八付きの手押しポンプを購入した。服装は、赤い筋入りの ハッピであったが、村公設消防団となってからは、制服制帽に統一された。また、ポンプも手押しから自動ポンプへ、さらに自動車搭載ポンプに変わっていっ た。

 消防団の沿革
一九一九(大正八)年 私設小童消防組が設立される。
一九三三(昭和八)年 小童・宇賀両消防組合併し、広定村公設消防組合となる。広定村内を六分団に編成し、各分団は二〇名とする。役員は、消防組組頭には、村長がなり、小童・宇賀両地区に副組頭が置かれた。
一九三九(昭和一四)年 広定村警防団と改称し、戦時下の防空の権限を拡充する。
一九四八(昭和二三)年 広定村消防団と改称し、警察の管轄から分離し独立する。また、団長も村長であったものが選任となる。
一九五八(昭和三三)年 甲奴町と広定村の町村合併により、甲奴町消防団(団員数三〇〇人)として発足した。組織は、最初一四分団であったが、一九七一年に五分団に改編され、小童地区は第二分団となった。
 

(小童郷土誌資料を参考にまとめる)

(文責 福原勲)



展示ポンプの後ろに飾ってある写真 小童須佐神社境内(大正八年創立時)



当時の写真撮影場所と同じ場所、同じ灯籠

昔の写真から、住民の安全・安心を守るというぞ!という心意気が伝わってきます。
気合が入っているのが分かります。
この気持を継承し、甲奴町を安全安心の町にしていきたいですね。


 

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